自己紹介とまず読んでほしい記事はコレ!!

初めまして、体質改善ブロガーのヒロと申します。

ブログ『自律神経・前立腺炎改善ブログ』に訪問していただきありがとうございます!!

当ブログは、私が自律神経失調症やうつ、慢性前立腺炎を改善した方法をメインに普段の仕事関係の事も発信しています。

最近では、かなり体調が良くなったため、オンラインサロン参加や資産運用なども始めその結果も発信しています。

体調不良になり5年程新しい事ができない時期がありました。

最近ではその遅れを取り戻すべく行動しています。

 

目次

簡単な自己紹介

【誕生年・住所】

1989年生まれ。都内在住。

【趣味】

ボクシング観戦と卓球、オーガニックショップに行くこと。

【仕事】

会社はゆっくりした老舗企業。給与は限りなくブラックに近いグレー企業で労働時間は超ホワイト企業です(笑)

【ブログ開始】

2018年2月。

【今年の目標】

月間で5000pv目指す。工場勤務の高卒組に副業の仕方を教えられる様になる。ブログを見てくれた人に役立つ記事を作成する。

【経歴】

大学在学中漫才作家目指す。⇒養成所やバイトで大学疎かになる⇒生活リズム崩れる⇒食生活崩れる⇒自律神経失調症になる。⇒大学卒業が危うくなり勉強に専念⇒座りすぎとストレスで慢性前立腺炎⇒奇跡の大学卒業(当時1年で取得した単位数で大学記録)⇒憧れの芸人主催お笑いライブの企画で優勝⇒憧れの芸人さんにネタ送る⇒奇跡的に事務所呼ばれる。⇒本の仕事やライブ、芸人さんのネタチェック仕事もらう⇒生活リズムが合わず自律神経失調症と慢性前立腺炎が悪化。⇒作家断念⇒失恋⇒就活⇒失恋と就活とそれまでの蓄積ダメージでストレス性の不整脈発作に襲われる。⇒不整脈発作が怖くなり何もできなくなる(うつ)⇒第一希望の会社内定。最終面接は不整脈前に終わっていたので助かる。⇒民主党の卒業後3年まで新卒枠という意味不明制度で新卒採用。給与面で助かるw⇒安定剤に依存する⇒安定剤も効かなくなる⇒超優秀な東洋医学の先生に出会う。⇒安定剤が徐々に減る。⇒会社の工場研修で太陽の下汗を流し、休憩は同い年の女の子と話をして、夜は田舎でやる事なく早く寝る生活を3週間続ける⇒安定剤と漢方薬が突如飲めなくなるまで回復。⇒食事と睡眠、運動を私生活に取り入れ更に体調改善に取り組む。(ブログのメインテーマ)

 

長くてすみません(笑)

自己紹介の詳細は、下記に書きました。

ココでは簡単に説明致しました。

 

当ブログのテーマ

経歴にも書きましたが、私は自律神経失調症とうつ、慢性前立腺炎になりました。

自律神経失調症とうつ、慢性前立腺炎の改善方法や予防方法をメインに記事にしています。

その他下記について書いていきます。

  • 老舗企業をアップデート(新人教育や働き方など)
  • 営業手法(一応トップセールスと言われています。)
  • 体調不良による遅れを取り戻す(副業や資産運用、仮想通貨、SNS)

2018年7月現在、自律神経失調症とうつは完治と言ってよいでしょう。

あとは、慢性前立腺炎を治すだけです。

メモ

自律神経失調症やうつは、会社員をしながら治すのは大変です。

慢性前立腺炎は、男性の約半数が発症しているといいます。

不治の病と言われるほど、治療法がよくわかっていません。

そんな3つの症状を働きながら改善しています。

以降、私が自律神経失調症とうつ、慢性前立腺炎を発症するまでを紹介します。

体調不良の話を見たり聞いたりすると具合が悪くなる人は、この記事読まないでください(笑)

途中、冗談など入れていますが、どうしても暗い感じにはなってしまいます(*_*)

私が、うつになった際には、病気関連のテレビ番組や電車内広告などでも気分を害していましたので、

一応注意でした。

 

 

2009-2012年:自律神経失調症を発症した大学時代。

大学時代に自律神経失調症を発症しました。

理由は恐らく下記5点になります。

  1. 芸人さんとの飲食で昼夜逆転
  2. 睡眠不足
  3. 栄養不足(クイックカーボの摂りすぎ)
  4. ストレス(売れたい・大学卒業への焦り)
  5. 運動不足

クイックカーボについては下の記事まで確認お願いします。

自律神経失調症って突然発症するものではありません。

長い間継続して、ココロやカラダへ負荷がかかる事をした場合に

発症すると思っています。

 

自滅してた大学時代

大学時代はとにかく、他人と自分を気にしていました。

若いので仕方がありませんが(笑)それにしても異常でした。

今思うと本当に馬鹿な事で悩んでいました。

大学時代の心の中
  • 「あー大学卒業するまでに作家として売れたい」
  • 「ていうか大学卒業できるかな?やばいなー」
  • 「みんな就活始めてるけど、おれは勉強しなきゃ・・・・」
  • 「売れたとして仕事なくなったらどうしよう」

なんでもない時もこんな事がずっと心の中で繰り返されていました。

友達や彼女と遊んでいるときもこんな感じでしたね。

高校卒業し大学までレールの上に乗った人生を歩んできました。

大学卒業後の

自分の夢(作家)がレールに乗ったことでは無かった事と

自分としてはレールに乗りたい気持ちがある様でした。わがままだな~

また母親がキャリアウーマンで年収も平均より非常に多く、且つ

料理や掃除、子育てができるなど、、、

母親を超えたい気持ちもあったと記憶しています。

作家は、仕事の年収で母親を超えたかったのでしょう。

ヒトとしても超えたい様でした(笑)

よって、非常に無理をした生活をしてしまったと思います。

今思うとそんなことで消耗し病んでいるとは、バカバカしいです(笑)

未熟にもほどがありますね(笑)

 

自律神経失調症の症状

自律神経失調症の症状ですが、本当に多くの種類がありました。

症状一覧

頭に何かが走る感じ、異常な肩こり、背中むずむず、背中痛い、肋間神経痛もどき、胃痛、下腹部痛、一瞬不整脈、不眠、扁桃腺炎もどき、扁桃腺の腫れ、便秘、目がチカチカする、目に影が一瞬見える、軽い血行不良、耳鳴り、中耳の痒みなどなど

うーん、もっとあった気がしますが(笑)

自律神経失調症は他の病気を疑いたくなるほどに、色々な部位に症状が発生します。

何度も病院に行きましたが、まったく問題ありませんでした。

 

自律神経失調症は、真面目・頑張り屋の人が発症すると聞きました。

私はやりたい事・やらなければならない事は、頑張る事はできますが、

休みに時間を注ぐことができない人でした。

ちなみに今では休み過ぎな位休みを入れています。(笑)

また自律神経失調症は完治しました。

完治するまでの記事は下記までお願いします。

 

2011~2012年:慢性前立腺炎発症まで

慢性前立腺炎も大学時代です。

21歳だったと思います。

慢性前立腺炎を発症した人は、

「早っ」「若っ」

って思うかもしれません。

しかし慢性前立腺炎は、成人以降であれば誰でも発症の可能性があると思います。

下記が恐らく発症の6つの理由です。

  1. 自律神経失調症による免疫力低下
  2. ビタミンとミネラル不足
  3. 睡眠不足
  4. ストレス過多
  5. 運動不足
  6. 座りすぎ

 

慢性前立腺炎の症状

慢性前立腺炎の症状は下記です。

トイレの回数多い、下腹部痛、下腹部がピクピク、太ももが痛い、腰が痛い、トイレ行って用を足しているとその用が若干異臭がする、何かパンツが濡れてる、切れが悪い。

慢性前立腺炎の症状は以外とわかりにくかったです。

自律神経失調症で、いろんな種類の病院に行きましたが、問題なしだった経験がありました。

今回の下腹部の諸症状も自律神経失調症だろうと思っていたからです。

そのため、下腹部痛や下腹部のピクピク、太ももが痛い、腰が痛い位では、また自律神経失調症だろうと思っていました。

しかし、ある日トイレに用を足しに行った時に、その用から若干異臭がある事に気が付きました。

そして人生初泌尿器科にいくと慢性前立腺炎と診断されました。

触診があり、お尻に指を入れられるのが初めてで恐怖感があったのを覚えています。

薬はセルニルトンを処方されました。

 

大学卒業のためにした無茶によるストレスが原因?

前述のとおり、大学時代に私は作家を目指して活動した結果、

卒業が危うい状況になりました。

というより普通なら卒業不可能な状態でした。

大学生活も残り1年半となった時点で、

フル単+14単位の取得が必要でした。

当時大学では、他大学に単位を取りに講義を受講できる制度がありました。

また卒業がギリギリの学生にのみ、フル単の枠を一部超えて講義を受講できる

制度も新設されていました。

この2つの制度を、駆使して1単位だけ落として良い状況だったことを

覚えています。

結論から申し上げますとストレートで卒業できました。パチパチパチ(拍手)

総勉強時間は何時間だったでしょうか(笑)

全然自慢できませんが、当時の1年間の取得単位数の大学記録だと思います。

さらに勉強し過ぎて点数も高かったです。

しかしその無理が祟り慢性前立腺炎になりました。

 

勉強はテスト前からではなく、その期の第一回目の講義が終わると復習・予習したり、

バイト中に頭の中でレポートを作成したり、

バイトの休憩室、

友人や彼女と遊ぶときに待ち合わせ時間より早く出て、

待ち時間に勉強するため教科書を持ち歩いたりしていました。

毎日朝早くから遅くまで学食や図書館で勉強していました。

 

勉強の時のイスや布団、クッションも関係

勉強は主に図書館や学食、バイトの休憩室、家で行っていました。

今思うと、どこもイスが硬かったと思います。

家に限っては、イスではなく安価な布団をクッションの代わりにして

座って勉強をしていました。

もしかしたら、その布団をクッション代わりにしたことが一番よくなかったと感じています。

 

2018年7月22日現在の慢性前立腺炎の症状

 

発症時の症状

トイレの回数多い、下腹部痛、下腹部がピクピク、太ももが痛い、腰が痛い、トイレ行って用を足しているとその用が若干異臭がする、何かパンツが濡れてる、切れが悪い。前立腺が腫れている。

 

2018年7月22日現在

若干の不快感。キレが悪い。若干前立腺が腫れている?

 

かなり改善はされています。

その理由としては、自律神経失調症の改善が大きいと思っています。

自律神経失調症と対策が被っているのでしょう。

あとは、慢性前立腺炎に特化した対応をするだけだと思っています。

 

慢性前立腺炎は不治の病?

慢性前立腺炎を発症した際に、医者より言われました。

慢性前立腺炎に特化した医者にも言われました(笑)

しかし、安定剤の依存から脱却させてくれた東洋医学の先生からは、

治らない炎症など考えられないと言われました。

確かに普通に考えればそうですね(笑)

つまり、西洋医学では慢性前立腺炎と『炎』がつくものの

じつは炎症ではないのではないかと勝手に思っています。

実際に改善されている訳ですからね。

 

 

なんか暗い自己紹介が続くので、ここで明るい内容を

この勉強の鬼の期間にも、多少の遊びがありました。

例えば、憧れの芸人さんのライブの企画で優勝した事です。

大喜利のお題をライブ前に発表し、当日優秀な回答者には、

ステージに上がりその芸人さんとすこし話をするという内容でした。

私はその企画で選ばれて、ステージにあがり憧れの芸人さんとお話をしました。

途中ツッコミの方から質問され、ボケたところ、ツッコミの方の素晴らしいツッコミが決まり

かなりウケました。

ステージの上でボケてウケてみてわかったのは、

多くの人を笑わせる事ができると会場が沸き、

人の頭や体が動くので、ステージからは、

お好み焼きのカツオ節の様に見えて、肌に良い感じの鳥肌が立ったのを覚えています。

芸人さんが売れなくてもやめられない理由の1つがわかった気がしました。

 

 

2012-2013年:大学卒業間近に作家の仕事をもらえるようになる。

勉強の鬼期間は、最後のテストと同時に終わりを告げました。

最後のテストなんて、あまりにも勉強し過ぎて

テスト期間全く勉強しなくても良い状態でした(笑)

卒業できるかは2月下旬に発表だったため、残りの大学生活を

若干ハラハラしながら、卒業旅行や友達と遊んだり、

実家に帰るためにアパートを掃除したりして過ごしていました。

その時にふと、憧れの芸人さんにネタを送ってみようと思いました。

ダメ元で送ると、数日後その芸人さんのマネージャーを名乗る人からメールが( ゚Д゚)

芸人さんの稽古場に呼ばれ、稽古が終わるとすぐに面接になり、

次の週から毎週事務所と稽古場に来るようにと言われました。

 

面接した人は事務所の人ではなくテレビ局のプロデューサーだった。

てっきり、面接した人は事務所の人か所属する作家さんだと思っていました。

名刺を作ってこいとの事で名刺をつくり、面接した方と名刺交換したところ、

テレビ局のプロデューサーさんでした。

全然よくわかりませんが、そういう事もあるのでしょう(笑)

本の原稿やテレビ番組の企画会議、ネット記事、お笑いライブのネタ間に流れる動画のボケ案など、

今までしたかった事をどんどん仕事として頂けるようになりました。

 

体調不良により作家の夢は断たれる。

仕事は夜遅くになる事が多く、何かと飲酒する機会も多くありました。

都内に住んでいなかった為、クラブでのお笑いイベントの際には、家に帰る事ができず、

イベント会場でオール状態。

朝帰り、昼出ていくような生活が続き、自律神経失調症と慢性前立腺炎を悪化させます。

さらに急性扁桃腺炎や不眠と過労による高血圧、ストレスで医者にかかりました。

そこで、医者に言われたのが、このまま今のペースで仕事続けない事、

とにかく休む様にとの事でした。

正直なところ、心の中は今のまま作家もどき

なんてしてて良いのかと考える様にもなっていました。

 

一時的に作家を辞退、回復して再開を考えるも彼女に振られて、考え変わる。

作家をお休みし、アルバイトする様になりました。

アルバイトして6ヵ月後位の事です。

大学時代から付き合ってた彼女より別れを告げられました。

そこで、気が付きました。

あ、こんなんじゃダメだ。

いや遅いわ(笑)

そして就職を誓います。

この時馬鹿なのは、就職すれば彼女と再度付き合えると思っていたこと(笑)

 

2013年は就職氷河期だったが、アルバイト期間に勉強してた資格で内定の嵐

学生時代からある好きなモノがあり、そのモノを製造するメーカーで働こうと思いました。

アルバイトではそのモノをユーザーに店舗で売っていました。

また作家でダメだった時も考えて、自分の好きなモノの製造や素材知識を学び資格取得に向けて

毎日勉強していました。

 

本当は2014年の4月からの就活を目指しましたが、彼女に振られたため、

すぐに就職を目指しました。

2014年4月から就活しようと思ったのは、大手の求人があるからです。

しかし、今思おうとその大手はグローバル企業のため英語のスキルが求められます。

どんなに良い資格を持っていても絶対落ちてました(笑)

本当に良いタイミングで彼女には振ってもらったと思っています。

私が就活を始めたのは、2013年8月頃で、大手は地方に本社を持つ会社だけでした。

その中でも、私が勉強していた事が生きて、且つゆっくりした業界に絞り就職活動しました。

そのゆっくりした業界では、私の持っている経験と知識必要であるが乏しい様で、

色々な会社から面接中に早く入社する様に言われたり、

第一希望に内定をもらった為、他の選考が進んでいた会社に断りを入れようとすると、

「最終面接までさせてくれ」「内定は何社もあってよいんだよ」等と説得されました。

当時は資格がまだ優遇されていました。

 

 

2013年11月:うつは不整脈の1つ疲労性心房細動がきっかけ

第一希望の会社に内定をもらってめでたしではありませんでした。

第一希望の会社で最終面接が終わり帰宅し、

すぐにお礼の手紙を書き、ごはんを食べずに、そのまま郵便局へ行き

お礼状を送付します。

そして帰宅し、夕食を食べて、自室に行きしゃがんだ時でした。

あれ?なんか変な感じがする。気のせいかな? ん?心臓が変なのかな?

異常な動悸がありました。

動悸自体が初めてだったので驚きました。

すぐに医療関係者の母親に診てもらうと不整脈との事で、夜間救急に行きました。

本当に焦っていました。自分が心臓の病気になるとは。

今思うと過労と疲労、ストレスが祟っただけなのですが、

異常な動悸を始めて感じて、本当に怖かったです。

 

動悸になったことが怖くなり何もできなくなる。

しゃがんだ際に不整脈になったのですが、

その後、しゃがめなくなりました。

恐怖心があり、めっちゃゆっくりでしかしゃがめない状態でした。

「またなるんじゃないか」とずぅーーーーと考えて生活する様になり、

自律神経失調症以上の変な症状が多数表れました。

恐怖で出た症状
  • つねに不安、手の甲を胸でこすっていないと落ち着かない
  • ↑手の甲の毛が摩擦で無くなる(笑)
  • 上からすごい重力をかけられている感覚がする(FFのグラビデって呼んでいました(笑))
  • 震度2~3くらいの自分だけ地震。
  • 変な姿勢で寝た時の腕だけ血が止まった感じで麻痺した感じの麻痺してない版が、カラダのどっかにある。
  • ↑触ると別の部位に移動する。
  • 不眠 などなど

 

しかし医者にいっても全く問題なしでした。

 

ちなみに今現在は、上記のような症状は一切ございません。

この時は、友人にも会いたくない時期でしたね。

 

医療関係者が近くにいないと不安になる。

恥ずかしながら、母親(医療関係者)が近くにいないと不安定でした。

母親が医療関係者で本当に良かったです。

この症状は後日完治しました

医療関係者が近くにいないと不安なメンタルを改善するために、

2016年11月都内で1人暮らしをしました。

この頃にはかなり体調不良は改善しています。

2018年11月で2年目ですが、今では問題ございません。

1年足らずで治りました。

 

うつと自律神経失調症は完治。

度々書いていますが、うつと自律神経失調症は完治しました。

別記事にて確認お願いします。

 

2014年4月 祝!!社会人、第一希望の会社に入社

話を就職活動時期~就職までに戻します。

資格とアルバイト経験が生きる、ゆっくりした業界の会社に内定を多数頂きました。

内定をもらうなかで気が付いたのは、作家は逃げだったかもしれないという事です。

というのも、平成元年生まれの人で大卒組は分かると思いますが、

超就職氷河期でした。

1つ上の先輩は、就職浪人なんてことをしていたくらいです。

そのため、当時政権だった民主党は、『卒業後3年以内まで新卒』としたのだと思います。

よく政治についてはわかりませんが、、、、

あ、やばい話が逸れました。

とにかく就職氷河期でした。

そして私も卒業できるか不明な状態でしたが就職活動をしました。

しかし、全くもってダメでした。

単位数が足りず卒業見込み証明書が発行できないのです(笑)

また、就職後に仕事で結果を出す自信がありましたが、面接が下手でした。

この面接から逃げてしまったのだと思います。

そして大学生や普通の20代が持っていない資格を勉強したという最強ウエポンで

ゆっくりした業界の門を叩いたため、就職できたのだと思います。

この最強ウエポンの資格をもっている大学生がいたとしたら、

ゆっくりした業界には絶対に就職しないと思います。

 

ゆっくりした会社は本当にゆっくりしてた。そして敵視される。

自分の想定通り、ゆっくりしてました(笑)

1年目からアルバイト経験や勉強した知識が通用します。

入社前からかなり意識されていました。

年齢の近い人からは敵視されました。

またゆっくりした会社の中では、

ゆっくりしてない優秀と言われた人も私を落とそうと必死でした。ゆっくりゆっくりしつこくてすみません(笑)

営業職は、特に敵だらけな印象です。

同い年で先輩は本当に私を意識していました。

 

ゆっくりした会社、営業研修がない。

事務仕事を1年間行い、「すぐに営業にいってこい」でした。

確かに製品を直接ユーザーに売ってきた経験がありました。

しかし、販売店に営業へは行ったことがありません。

また、担当は販売店ではなく、卸の商社でした。

始めは本当に右も左もわかりません。

しかも、まだ自律神経失調症は完治していませんでした。

 

敵視・意識された結果、担当店は値上げしていない問題だらけの会社ばかり

当時為替が円安に一気に振れたときでした。

3年間で80円台から120円台が見えていました。

単純な計算でも40%の値上げが必要です。

会社として毎年値上げをしていましたが、私の担当店は値上げをしていない

会社でした。

つまり担当を持った瞬間に値上げでした。

更に担当エリアは通常の2人分でした。

それだけ担当会社数が多く、担当の会社の営業の人数も大きい会社でした。

一番酷いときは、仕事が終わらないために、ホテルに自費で泊まったり、

会社で寝泊まりした時もありました。

絶対に次の新人には同じような思いはさせないと思いました。

 

 

 

隠された主力品の大欠品。

意識された結果、主力品の大欠品を隠されていました。

担当をもって、5ヵ月後に主力品が大欠品します。

実は前もってわかっていたことでした。

これは最近知りショックでした(*_*)

これまでの人生で、親や友人に頼り切っていた為、

精神的ももろく、ずっと現状にイライラしていました。

よくよく考えれば、値上げと大欠品がわかっている状態で、

担当できるのは非常に勉強にはなりましたからね。

でもやっぱり当時の環境は異常だとおもいます。

この経験から絶対に新人研修を作ろうと思いました。

 

円安で国内品に商機あり?しかし、国内品にも隠された問題が・・・

円安のため、国内品で何とか売り上げを稼ごうとしました。ちなみに先ほどの大欠品の主力品は海外品です。

しかし、私の担当店で売れていた唯一の国内品が仕様変更となる事が決まっていました。

引継ぎの際には、その国内品を販売している会社さんに、

「一部の素材が海外素材から国内素材になるだけで、

見た目や使用感は変わらない」と言って引き継いでいました。

しかし、実際に現物が上がってきて驚きしました。

えっ?全然ちがうじゃん・・・・・

1つ言えるのは、見た目はともかく使用感が絶対に違うのです。

これには非常に焦りました。

しかもこの国産品の仕様変更は、大欠品中の期間です。

ここまでく来ると、半沢直樹の気分で働いていました(笑)

本当に、あのbgmが聞こえてきました(笑)

渡真利「やばいぞ、半沢!!これができなかったら出向だぞ」

何回も聞こえました(笑)

しかも人事に渡真利にそっくりな同期もいましたしね(笑)

本当に次から次へと・・・・・・・

 

超ピンチに対し超チャンスはなかったが、この経験が成長させた。

ピンチはチャンスと言われています。

しかし、超ピンチにはチャンスはありませんでした(笑)

ですが、私をメーカー営業へかなり成長させました。

そういう意味では、ある意味チャンスだったのかとも思えてもきました。

下記成長内容です。

  • 会社に文句を言わず、無いモノは自作した。
  • 新人研修を一から作り上げるのに良い機会だった。
  • 人の目を気にしなくなった。
  • 仕事は100点ではなく、60点で単位もらえればよいやと思えてスピードが上がった。
  • 自分のもっていた知識と業界の知識が合いだした。
  • メーカー営業とは何かを自分で気が付けた。

 

 

会社員としても色々あったが、働きながら自律神経失調症とうつを治せた。

新入社員のときから、かなり意識されていました。自分で言うのもなんですが(笑)

しかし後輩を持つ現在になり、仕方ない事だとも思えました。

即戦力として使えそうな経験と知識をもった新入社員がきたら私も焦ると思います。

上記の経験をして、私はどんなに優秀な後輩が入ってきても、

ちゃんと教えようとも思えました。

また私の担当しているお客様は非常に大きな会社が多く、

売り上げ目標を考えると、容易に仕様変更や値上げはできません。

これも逃げたくなる気持ちもわかりました。

今の会社は、給与に関してはブラックに近いグレー企業ですが、

労働時間に関してはピュアホワイト企業だと思っています(笑)

だからこそ、働きながら自律神経失調症とうつを完治できたのだと思います。

 

 

2018年2月堀江さん(ホリエモンさん)の本を読み行動を変える

堀江さん(ホリエモンさん)の多動力の本を読んで行動や意識が変わりました。

大学生の時の様な、行動力が戻ってきました。当時は逃げもありましたが・・・

本1冊で行動が変わるとは、読書は大事ですね。

本を読んで行動し始めて思ったは、

周りの20代の人間と比較してかなり遅れていると思いました。

人と比較しても仕方がありませんが、

遅れ過ぎるのもどうかと思います(笑)

自分で言うのもなんですが、会社員で会社内では目立った活躍ができています。

しかし、会社に入って何かできる様になったかと言われれば、

うーん

と考えてしまいます。

結局のところ、入社前の経験と知識を応用しているだけですから。

今後は、「今年・今月何ができる様になったのか」を意識して行動しようと思っています。

 

 

まず読んでほしい記事はコレ!!

遅くなりました。

そして長い長い私の体調不良自己紹介を読んでいただきありがとうございました。

まず読んで頂きたい記事は下記になります。

 

ここまで何度も出てきていますが、すでに自律神経失調症とうつは完治しました。

そこまでに何をしたかのまとめ記事です。

 

炭水化物の糖質の摂り方です。

 

今のところ90記事書いて2記事位しかオススメできないという(笑)

何か体調不良の方に参考になれたらと思います。

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